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ワールド女子プロレス「Great Generation」シリーズ開幕戦

ワールド女子プロレス「Great Generation」シリーズ開幕戦
 (奈良・生駒市民中央アリーナ)

        第5試合 6人タッグマッチ(30分一本勝負)

コンドル池上&ファルコン香月&中森 あずみ VS サンダー龍子&石川 涼美&小川 ひかる

(16分12秒 サンダー龍子が中森 あずみから プラズマサンダーボム でピンフォール勝ち)
 バァンッ。
 一際大きく響き渡る、リングに人が叩きつけられる音。そんな聞き慣れた音に、一々振り返る者も無い。
 バックドロップホールドを、固め、固められた二人の傍にカウントを取る者はいない。ただ、二人の頭の中で適当な間を取ったスリーカウントが数えられるだけだ。
 ワン
 トゥ
 ――スリー。
「終了、ですね」
 音の無いゴングが鳴ったことを確認するように小さく呟くと、緩められたホールドから、すぅっと体を反転させ、中森あずみはロープに背をもたれて立ち上がった。軽く頭を振ると、前髪の先から散った汗がリングシューズのつま先に落ちる。
「良いスパーでした、龍子さん」
 中森からフォールを奪った、龍子――サンダー龍子は、スパーリングの最中、幾度か極められた膝関節の具合を確かめるように、ゆっくりと曲げ伸ばししながら、ロープに手を掛け立ち上がる。
 息を整える中森の顔を真っ直ぐに見つめながら、龍子は口を開いた。
「中森さん――少しお話、いいでしょうか」
「話?」
 二人のスパーリングが終わったことに気付いた小川ひかるが、自分の練習の手を止めて、慌てた様子でタオルを二枚持ってくる。中森はそれを受け取りながらも、小川には自分の練習に戻るよう促した。
「話、ですか。
 ――自分は、今日はもう上がるので、クールダウンをしながらでいいならお聞きしますよ」
 ロープの間をくぐり、中森に続いてリングを降りると、龍子のシューズの下でジムの床がギュッと音を立てて軋んだ。



 ワールド女子プロレスは凋落の時代を迎えていた。
 美貌と実力を兼ね備えた華やかさを持つパンサー理沙子が、IWWFアジアヘビー王者ドラゴン藤子を下し、元より業界トップだった新日本女子プロレスの格――更に言えば、女子プロレスという業界全体の格をも一息に高め上げた頃。
 IWC認定ヘビー王座のベルトを持つエースのドレッド宮城を筆頭に、一言で言えば『タフ』なファイトスタイルを売りとするワールド女子は、新女とはまた異なるファン層からの高い支持を受け、地元大阪を中心に西日本では新女以上の集客率も見込める巨大メジャー団体としての立場を確立していた。 
 そうして、ついに行なわれることになった新日本女子と、ワールド女子の対抗戦。
 幾重の障害を越えてファンの期待に応えたその一大イベントでは、数多の名勝負が生まれ、幾多の選手たちが成長し――
 興奮に彩られたその闘いの幕切れは、しかし。たった一つの、糞試合だった。
 パンサー理沙子対ドレッド宮城。
『世紀の一戦』『女子プロ最後のドリームマッチ』『リングの女王決定戦』
 そんな、ありがちで単純な煽り文句が、この幾度と無く繰り返されたIWWF認定アジアヘビー王座防衛、無制限一本マッチにかかる期待の重さを、ただシンプルに表した。
 業界三番手の東京女子に所属し「ガチなら最強」との声も高かった『炎の女帝』神崎玲子が引退して間もなかった当時。残った二大団体のトップ同士がシングルで戦うということには、それだけの意味があった。
 その一戦には、IWWFアジアヘビーの名前以上に重い――重い、重いモノが掛かっていた。
 その重さに見合う名勝負をファンは、選手たちは、期待していた――筈だ。
 ……しょっぱい試合だった。
 ドレッド宮城が雄叫びを挙げて繰り出す攻撃は、或いはいなされ、或いは軽く受けられる。対してパンサー理沙子のスープレックスは、面白いようにポンポンと宮城の巨体を浮かして落とす。
 宮城に見せ場があったとすれば、長くも無い試合時間の終盤で、理沙子のジャーマンスープレックスからのホールドをノーカウントで払ったことぐらいだろうか。
 だが。それは、彼女が全力で、必死に、懸命に戦って「このザマ」なのだということを如実に表しているようにも見えた。
 苦し紛れに宮城が放ったミドルキックを受け止めた理沙子の唇が某かを告げる用に動き――その時、宮城のセコンドに居た龍子には、それが「ごめんなさい」と言っているようにも見え――リングの中央で、必殺のキャプチュードがドレッド宮城の体をマットに沈めた。
 ゆっくりと告げられるスリーカウント。失神した宮城。ざわつく観客。振り向かず、リングを降りるパンサー理沙子。殺到するワールド女子の選手たち――



「それで、話というのは?」
 中森に問われ、龍子はふっ、と我に返った。
 追想に浸りながら柔軟をする内に、スパーリング中は酷く痺れた膝の痛みがすっかり退いていることに気付き、自分にはとても真似できない器用さを感じて苦笑する。
「いつもながら、綺麗なサブミッションですね」
「スパーで危ない真似はしませんよ」
「試合でもですよ。ウチじゃテクニシャンって言っても、香月さんレベルですから」
「良くないと思いますよ、そういう言い方は」
 二人の会話のやり取りに、上下関係は見られない。
 女子プロレスという業界も、世間の体育会系の団体と同じ様に、年功序列の風潮は強い。ワールド女子においてもそれは同じで、この場合の『年』とは実際の年齢以上にキャリアの長さがモノをいうことも、やはりプロの団体としてはごく当たり前の話だった。
 そうした中で、今の中森の立場は少しだけややこしい。
 元々フリーとして活動していた中森は、龍子よりキャリアで一年、年齢ではもう一年、年長にあたる。ワールド女子には負傷した選手の穴埋めに雇われて以来、リーグ戦の充実やマッチメイクのメリハリ付けのため、比較的頻繁に参戦していた。
 新女とワールドの対抗戦の話が出た際は、新女にも何度か参戦経験があったこともあり、他の何人かのフリー選手同様、新女寄りのフリーだった小鳥遊・朝比奈らと共に、ワールド寄りの選手として対抗戦の橋渡しのような役割も担った。
 そんな彼女が、その『悪夢の』対抗戦から三ヶ月経った今シーズン、フリー契約から正式にワールド女子への入団契約を結んだことは、プロレスファンたちに半分不可解、半分納得といった具合で受け止められることとなる。
 中森あずみは生真面目で、義理堅い。
 彼女の控えめなパフォーマンスやインタビューを知る者はそんな彼女の性格を慮り、ワールド女子を落日へと追い込んだ対抗戦に深く関わった身としての責任感から契約を結んだのだろう――と推測し、傾いた船に乗り込む不可思議について一応の理由付けをし、訳知り顔で頷いた。
 実際の所がどうであれ、中森あずみは体として、サンダー龍子、更には若手の小川ひかるらの「後輩」になったわけである。
 だからといって、まさか本当に新人扱いするわけにもいかない。
 結局、龍子たちは中森を「お客様」だった時のように「キャリアの上での先輩」として立てて話し、中森は龍子たちを「雇い主」だった時のように「団体での先輩」相手として敬語で言葉を交わす。
 最終的には、選手同士の性格と関係の問題でもあるのだが――ともあれ、フリーと所属選手の関係だった時のまま、二人の会話は互いに敬語でやりとりされていた。
「――龍子さんが単刀直入に用件を言わないとは、珍しい」
 入念にストレッチをしながら、中森が微笑を浮かべて言う。
「先輩への悪口も、聞くだけなら仕事と思って付き合いますけどね」
 それは、らしくない龍子への戒めの為か。らしくない皮肉が中森から返される。
 否、あるいは皮肉ではなく、本気なのかもしれない。
「いや――そうですね、じゃあ、あたしらしく正面からいきますよ」
 上体を起こすと、きっ、とこちらを見つめる中森の瞳。好都合だと見つめ返す。
 すぅ、と小さく息を吸い、一瞬で、言葉を紡ぐ覚悟を決めた。
「中森さん。あたしと一緒に、この団体を――ワールドを、抜けませんか」
「お断りします」
 即答。
「この団体に、もう未来はありませんよ」
「宮城さんが、理沙子さんに負けたからですか」
「違います」
 こちらも、即答。
「では何故です」
「宮城さん――ドレッド宮城が、団体のトップが、IWC認定ヘビー級王者が敗れたというのに、当人の再三の再戦要求を無視した団体だからです。これ以上の負けを恐れて、対抗戦から身を退くような団体だからです」
 サンダー龍子は続けて言う。
「負けを恐れて闘う前から勝負に逃げるレスラーは永遠に勝てません。負けを恐れている団体にも、生き残る道はありません。
 ワールド女子は、死にました」
「だとしても」
 中森あずみはサンダー龍子の目をじっと見据える。
 どちらの瞳にも、揺るぎは無い。
「私は、自分の『仕事』をやり遂げるだけです」
 はっきりと、言い放つ。
 中森のその一言で、短い二人の会話は終わった。
「……おい、ひかる! 手ぇ休んでんぞ、しゃんと体動かせぇ!」
 いつの間にか、しん、と静まり返っていたジムの音が、コンドル池上のその一喝で途端に息を吹き返す。
 交渉決裂した気まずさなどどこ吹く風というようにストレッチを続ける中森を尻目に、サンダー龍子は立ち上がり、一度だけ、ジム全体を見回した。
 そこには、ワールド女子のトップ、IWCヘビー級王者ドレッド宮城の姿は無い。
 あの対抗戦以来、彼女は興行の当日以外、誰とも顔を合わせていなかった。
(逃げた団体に、逃げたチャンピオン……ここじゃ、あたしのプロレスなんて、できやしないんだ)
 奥歯を噛み締め、龍子はジムを後にする。
「未来なら、ありますよ」
 ジムの扉に手を掛けた龍子に、いつもどおりのはっきりとした声で、中森が言った。
 ジムが再び、静寂に沈む。
「――なんだって?」
 龍子の口調から、敬語が消えた。中森は続けて言う。
「未来――明日の奈良の興行。私は池上さん、香月さんと組んで、あなたと涼美さん、ひかるさんの組で六人タッグです。
 良い試合にしましょう」
 一瞬、ポカン、とした様子だった龍子は次の瞬間、顔を真っ赤にして、扉を押し開けると、ガァン! と後ろ手に叩き付けて足早にジムを出て行った。
「な……中森さん! 何であんな挑発するようなことっ!」
「怒ってらしたんですか~?
 そりゃ、正式契約をしたばかりの中森さん相手に、無茶な相談でしたけど~……」
 小川や石川が詰め寄ってくるが、それでも中森は、丁寧すぎるほどのストレッチを続けている。
「そう……余計なことを言わなくても、彼女もプロでしたね――」
 ただ、そう言って、少しだけ申し訳無さそうな顔をした。



 タフを売りにしていた団体のトップが、為す術なく美貌の戦士の前に組み付され、あまつさえそのまま引き下がる。シンプルでわかりやすい『強さ』を求めていたワールド女子のファンたちは、月日を経るごとにワールド女子から離れていく。パンサー理沙子が全日本空手王者吉原泉との異種格闘技戦を快諾したことは、ワールド女子の零落に一層の拍車をかけた。
 生駒市民中央アリーナ。およそ一五〇〇人程度が収容限界のこの施設でも、セミファイナルのこの時間に、まだ空席がぽつぽつと目立つ。全盛期には年に一度、ドーム興行も打っていたワールド女子の、これが現状だった。
「どうにも盛り上がらないわね」
 ターンバックルにもたれ掛かったコンドル池上がそうぼやく。リングの上では、ファルコン香月と小川ひかるのジュニア級の二人が、声こそ大きく張り上げているものの、どうにも噛み合わない試合を展開していた。
「…………」
 中森あずみは答えない。ただ、リング上の試合に気を配り、いつでもカットに出られるよう注意しながら、対角線上のコーナーの向こう――自分に視線を飛ばしてくる龍子の事を見つめていた。
「龍子さん!」
「おうっ!」
 香月のフェイスクラッシャーをすかした小川が、その隙を付いてサンダー龍子とタッチする。
「香月さん! 代わって!」
 隣にいた池上が、ぎょっとした顔で中森を見た。試合中のやり取りなのだから大声で行なうのは当然だが、試合展開に必然性のない場面でタッチを要求する中森の姿に、嫌でも昨日の二人のやり取りが脳裏をよぎる。
「は、はい!」
 パン、と音を響かせて、中森が素早くロープをくぐる。
 リングの対角線上に位置した二人のレスラーは、口を開かない。
 ただ、二合三合と視線だけを交わす。
 その何とも形容しがたい微妙な間に、ほんの少しだけ、会場の空気が変わった。
「だらぁ!」
「はっ!」
 一息、真正面からぶつかり合った二人は、リング中央でがっつりと組み合う。
「オラッ!」
 素早く放った龍子のアームホイップで、中森の体が宙を舞う。倒れた中森が、すかさず起き上がろうとした、その時。
「させっかぁ!」
 ドグッ!
 自身も体勢を崩しながら、龍子が強引に中森の頭にキックを浴びせる。
「もひとぉつ!」
「グゥ――!」
 矢継ぎ早に、ふらつきながらも上体だけを起こした中森に、低空の延髄斬り。更に、倒れこんだ中森の髪を持って無理矢理立ち上がらせると、今度はその手でしっかりと中森の頭部を掴み固め、思い切り振りかぶってヘッドバッドをぶちかます。
 ヅガッ!
 容赦の無い一撃に、龍子と中森、双方の額がいきなり、割れた。
 ――ガッ! ガッ! ゴガッ!
 激しい流血戦になりながら、それでも龍子は、頭突きを止めない。二発、三発、四発と鈍い音が二人の頭と意識を揺らし、白いマットに鮮血が飛び散る。
「あー……龍子の奴、ありゃキレてるなぁ」
「いいんですか、池上さん?」
「いいんじゃない? ……少なくとも、さっきよりお客は喜んでるわ。
 ――中森ィ! 手ぇ出してけ、手ぇ!」
 池上の言う通りだった。先ほどまでどうにもまばらだった客の声が、いつの間にか広くも無いホールの中に響き始めている。
 客の数が少ないのは変わらない。だが、中森ファンの悲鳴が、龍子ファンの歓声が。評価を下げてもワールド女子の応援をやめない熱狂的ファンの叫びが、会場のボルテージを一気に高め、強めていた。
「何が『仕事』だぁ! お綺麗な技で、こんなっ、ワールドで、やってけんのかッ!」
「……まさか」
「なっ!?」
 ――バンッ!
「カハッ――」
 ヘッドバッドの嵐が弱まる、その一瞬の隙を付いて、中森が動いた。
 真正面から掴み、後ろに反り叩きつける。何の変哲も無いフロントスープレックスのはず、なのに。
(一瞬、息が止まった――!?)
 中森との対戦は初めてではない。その技を受けたことも、当然数え切れないほどにある。しかし、初めて闘う「ワールド女子」の中森あずみのその一撃は、今までとは何かが違う。
 頭がぼぅっとなっている間に、素早く後ろに回りこんだ中森が、龍子にスリーパーを掛けた。チョークではない、顎下を極めて頚動脈を絞める、正統派のスリーパーホールド。だが。
「綺麗なだけのつもりは、ありません、よ――っ!」
「ぐぅぅォォ!?」
 中森の腕には十分に筋肉がついている。しかしそれも、サブミッションを主体とする、言うなれば身軽な選手が必要とするレベルの筋肉だ。
 だが、今龍子を締め上げているスリーパーからは、その見た目から発揮される以上の力がみしみしと掛かっていた。
 頚動脈と同時に締め付けられる、顎の痛み。赤く染まった龍子の顔が苦痛に歪む。
「かっ……ワールド抜ける、あたしに……制裁するのが、アンタの『仕事』か……?」
「邪推を――見限った団体に変な負い目を感じているようなら、粋がるべきじゃない」
「なン、だとぉ――!」
「いつもより、少し痛くなるように極めてるだけですよ。こちらの方が声も出しやすいでしょう?」
 いつになく挑発的な言葉の内容とは裏腹に、中森の声の調子に龍子を嘲るような響きはない。
 そのことが、なおさら龍子の激情を加速した。
「ざっ、けんな……ぁ!」
「くっ!」
 大きく振り上げ、放った肘打ちが中森の脇腹を捉えた。龍子は緩んだスリーパーから素早く抜け出して、間合いを取る。
 姿勢を低く構え、二人は再び向かい合う。
「はっ、カハッ……
 器用なだけじゃないなんて、ホントに、小器用な奴だな……」
「お褒めにあずかり、光栄です!」
「褒めちゃない!」
 タックルを仕掛ける中森に、しかしまだ息の乱れている龍子は、姿勢を上げて組み合いを拒否し、カウンター気味に横薙ぎの鋭さを持ったキックを返す。
 その挙動を捉えた瞬間。自身と龍子、二人分の血にまみれ、額にべたりと張り付いた前髪の下から覗く中森の目が、変わる。
 それはいつかの――ドレッド宮城を仕留めた、あの『リングの女王』の瞳を思わせる、鈍い耀き。
「油断しましたね!」
 すぅっと半身――否、三分の一身程度を逸らした中森が、その身の脇に繰り出された脚を抱え込んだ。
 刹那。間も取らず、中森の体は回転し、龍子の体も引きずられる。
「くあっ!」
 ダァンッ!
 二人の体は、宙を泳いでリングに落ちる。
 ドラゴンスクリュー。中森あずみの、必殺の脚殺し。
(こんなベタ過ぎる誘いに――くそっ、冷静になれ!)
 龍子は自戒した。熱く、でも冷静に。ペースを奪われて、自分のプロレスはできない。
 しかし――中森の腕は、龍子の脚を離さない。
「下手に暴れると、ケガをしますよ!」
「ガァッ!?」
 ダダッ!
 ダウンした龍子の脚を掴んだまま、更に低空で二回転目。
 高速で限界まで捻り取られた龍子の右脚を、これまで感じたことのない質の痛みが襲う。
 続き、間断隙もない。

「これが私のフィニッシュワークです!」

 ――バン!
「がぁぁぁぁぁぁァ!?」
 三回転目!
 ようやく解放された右脚を震わせて、サンダー龍子が身を悶える。
 龍子ファンの歓声は悲鳴へと代わり、中森ファンの半数は大歓声を上げ、もう半数は血の気を失った。そして会場全体のボルテージは最高潮にまで高まっている。
「初めて見ました……中森さんの、あんなファイト~……」
 青コーナーで見守る石川の口から、驚嘆とも感嘆ともつかぬ声が漏れる。その言葉が耳に入っているかどうか、横に佇む小川の視線は、鬼気迫るような二人のファイトに釘付けになっていた。
「ウチの先輩の、どのファイトスタイルとも違うのに、なのに、どうして……
 今の中森さんのプロレスは、紛れもない、ワールド女子のプロレスです――!」

 一呼吸おいて、中森は龍子の両足を捕らえた。
「覚悟、してください!」
(――ヤバイッ!)
 抵抗する龍子も、脚の痺れと痛み、そしてその剛腕の前に、力任せにステップオーバーされてしまう。
「ぐ、あがぁぁぁぁぁぁあああ!!」
 ――スコーピオン・デス・ロック。
 完璧なサソリ固めが龍子の脚を極め、その怪力は脚ばかりでなく、反り上げた腰にも強烈な痛みを与える。
 意識が飛びそうになる程の痛みの中。眼前を覆う鮮血に視界のぼやける中。往時を思わせる大歓声の中。
 いつに無く小さな、しかし、いつも通りはっきりとした中森の声が、龍子には聞こえたような気がした。
「あなたたちが、去った後――」
 いつも通り――自信と誇りを湛えた、はっきりとした声が。
「ワールド女子を、最期までワールド女子でいさせることが、私の『仕事』です」
「――ッ!」
「龍子~!」
 衝撃とともに、龍子へのサブミッションは簡単に解かれた。カットに入った石川のドロップキックが中森をロープまで吹き飛ばし、少し遅れてフォローに入った小川には、走りこんできたコンドル池上のネックブリーカードロップがカウンター気味に決まる。
 熱狂の中、試合は乱戦に突入した。



 鳴り響くゴングの音は、頭の内と外のどちらから来たものか。
 カクテルライトの逆光に、天高く掲げられた腕。
――ャギ! ――タのベルトに――!
 聞こえる声は、強く凛々しい。
 プロということ。勝つということ。誇るということ。生きるということ。正しいということ。強いということ。
 ぐるぐると回る考えと感情と重力と視界。
――ッ! ――――――――――――!!
 あぁ、背負われて、運び出されているのか。私、重くはないかしら。
――たしはッ! あたしの強さを、証明して見せるッ!
ウォォォォォォォォォォォォォォォ!
 沸きかえる歓声の波の一滴が私に降りかかる。
――良い試合だったぞー!――
 その水しぶきで。私の目の前は明るくなった。



「――大丈夫ですか?」
 控え室で横になる中森の顔を、香月が心配そうに覗き込んだ。
「えぇ。ようやく、頭もはっきりしてきました」
 額に巻かれた包帯の具合を撫でるように確かめながら、中森はゆっくり上体を起こし、壁に掛かっている秒針の外れた時計を横目で見やる。
 気を失いこそしなかったものの、強烈にマットに圧し付けられる必殺のパワーボムの衝撃は、優に十数分、中森の意識を朦朧とさせていた。
「もう、メインも始まっているようですね」
 耳を澄ませば、閉じた扉の向こうから、この控え室の中にも微かにホールの歓声が届いている。
「はい、セミで一気に盛り上げましたからね! 宮城さんや鶴見さんもやりやすいと思いますよ」
「真っ先にノビた奴が、自分の手柄みたいに言わないっ」
 んぺちっ。
 ガッツポーズを決める香月の背後、いつの間にか現れた池上が、手にしたバナナの皮で香月の頭を叩く。
「あたーっ……って、今何でハタいて――あぁー! それっ私のバナナのじゃないですかっ! 勝手に食べましたね、池上さん!」
「ナマ言ってるからバチ当てといたのよ。
 と、んなことより――」
 プンプンと怒る香月を軽くいなし、ウェーブのかかった自慢の髪をかき上げながら、コンドル池上は中森の方へと向き直る。
「移籍早々やってくれるじゃない、中森。龍子の奴、試合終わって即行宮城さんに挑戦状叩き付けてたわよ。
 宮城さんの方から今までの馴れ合いを止めてくれて、折角の下克上のチャンスだったのに。手強い後輩に先越されちゃったわ」
「おや……それと自分と、何の関係が?」
「しらばっくれるな。無駄にツッパってただけだったあの子の一皮、剥いちゃったでしょ」
 ぽいっ、と放ったバナナの皮は、少し離れたゴミ箱に吸い込まれるように飛び込んだ。
「あなたの言う『仕事』中に『私語』してたの、ちゃんと見てたわよ」
 皮肉交じりに指摘する池上を見上げ、中森は答える。
「そうですね……ワールド女子との契約以上の『仕事』では、ありましたけど。
 私なりに考えた、女子プロ業界全体のための、年寄りの『仕事』――いや、やはりお節介、でしたかね」
「年寄り……!?
 私の前でアンタがそういうこと言うとは、いい度胸だわ、中森……っ!」
 中森より三年ほど早くこの世に生を受けたコンドル池上のコメカミに浮かんだ青筋に、ファルコン香月がおびえたその時――
 ウオオオオォォォォォォォッ!!
 ドドドドドドドドドドドドッ!!
 一際大きく響く、観客たちの歓声とストンピング。そんな、聞き慣れていた筈の音に、部屋にいた全員が耳を澄ました。
「――ま、今日のところはあんたの『仕事』ぶりに免じて、さっきの失言は聞かなかったことにしてあげる」
 嘆息し、苦笑する池上。
「スイマセン、そういうつもりは、無かったんですが――」
 本気で申し訳なさそうな顔をする可愛い後輩に、今度は池上の老婆心が些か刺激された。
「ま、歳の話はともかく……中森、アンタちょっと枯れすぎじゃない? 龍子みたいに、自分のために何かしようとは思わないの?」
 少し呆れ気味に問う池上に。
「彼女が持つ強さへの拘りに、負けないくらい。
 私は自分の『仕事』にプライドを持っている――つもり、ですけどね」
 中森あずみははっきりと答えて、笑った。



 それから、二ヶ月程後。
 IWCヘビー級王座をドレッド宮城から奪い取ったサンダー龍子は、その場でベルトを返上し、盟友石川涼美と共にフリーへの転向を宣言。若手外人を引き連れて東女や新女などの大団体に殴り込みをし、ワールド仕込みのガツガツしたファイトで話題を呼ぶようになる。それと共に、一方では石川を中心に新団体――後にWARSと名づけられる、ワールド女子とサンダー龍子のそれぞれの強みを併せ持つ団体――の旗揚げ準備も進められ、龍子のファイトに憧れた有望な人材が、彼女の周りに集うようになった。
 理沙子、そして龍子にも敗れたドレッド宮城の団体トップとしての権威は地に落ちた。それは同時にナンバー2のコンドル池上や、ヒールの鶴見さやかの台頭が現実的になったということでもあり、ワールド女子の内部は群雄割拠の様相を呈する。
 加えて、常連外人のノーラン・ワンツ、最近めきめきと力をつけてきたナスターシャ・ハンなど強力な外国人たちも交えた鎬の削り合いは、コアな女子プロファンからはある程度の評価を受けた。
 だが、そこまでだった。
 ワールド女子は大阪に本社を持つ大企業が副業として始めたのが元々だった。今は子会社として独立しているものの、その株式は親会社系列の持ち株会社が一〇〇%保有している。不安定かつ赤字ギリギリの操業を続けるには、限界があった。
 サンダー龍子がフリーに転進した半年後。ワールド女子プロレスは経営上層部の『リストラ』計画の一端として解散が決定。
 最終シリーズ、ドレッド宮城は鶴見さやかと死闘を演じ、ファンに惜しまれながら団体と共にマットを去った。



 再びフリーとなった中森あずみは、ワールド以前のクールでスマートなサブミッションを中心とした、安定感のあるファイトスタイルへと戻る。だが、時折ワールド時代の『凄み』を感じさせる闘いぶりを垣間見せることもあり、これまでより幅の広い試合運びを見せるようになった。メジャーからインディまでリングを選ばず、様々な舞台で活躍。
 プロレスをよく知るファンの間では『リングの仕事人』として、地味な印象ながらも一定以上の高い評価を得ている。


――――了
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