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レッスルSS 「一人と二人」 転もうちょっとだけ続くんじゃ編

 続きません。




「愛における我が『五国統一レスリング』期待の新人、シュウ・メイファをヤングリーグに向けて調整してたら、いつの間にか募集終わってて、しかも規定人数に達さず開催されなかったでゴザルの巻」改め「一人と二人」、無事四月中に完成しました。

 いや、だって、アプリトップの大会案内が6日から全然更新されないんですもん。霧子さんの連載も終わったのに、そこで告知されないとわかんないですって、マジな話。
 今日ひとあささんのブログ見て、初めて募集始まって終わってたことを知りました。

 ちなみに、メイファはウィキペディア英語版の“Barcode”の項で発掘。
 正直ユンが愛にいると思ってなかったからマジでびっくりした。びっくりしすぎて、台詞とかメモるの忘れた。
 マイナー外人書く上での、数少ない情報源なのに……



以下、SS本編となりますすす。
 それから三ヶ月。
 その日の夜の公園に僕らを除いて人影はなく。ただ「三人」だけがそこにいる。
 鏡合わせの顔立ちの二人は、憤怒の形相で向かい合い――そうして、蜜月は終わりを迎えた。
 ……いや、毎朝毎晩二人の技の練習台になるのがハネムーン同然だとかそういうアレな意味ではなくって。それぞれがストレスを発散したその結果として、おおよそ三ヶ月もの間二人が殴り合いの喧嘩をしなかった、そんな日々を日常における最大多数の最大幸福と位置づけての言葉である。
 そんな僕の思いを知ってか知らずか知ったこっちゃないのか、二人は発する文節の節々に怒気を孕んで、お互いを威嚇した。
「千秋――私のウサポンに傷をつけた、その意味がわかってんだろうなぁ……」
「たりめぇだ、このアホ千春が。あたしのニャンキチを痛めつけておいて、その程度でトイトイになると思ってんじゃねぇぞ……?」
 原因は思いっ切り、件の最大幸福の日々にあった。
 哀れな二匹の愛玩ぬいぐるみの仇討ち、というのがこの喧嘩の大義名分だ。
 が。今日という日が訪れた原因の、その本質はソコではない。
 激しくガン付けし合う二人の交差する視線は、しかし、その奥に爛々とした期待の光――否、それはもっと幼稚な、「わくわく」という表現こそ似合うような感情を湛えていた。らしくもなく黙々と力を溜め込み、それを一息に解放するこの瞬間をこそ、彼女たちは待ち望んでいたに違いない。深爪した小指の爪先より気の短い彼女らが三ヶ月もその欲求に耐えられたことは、奇跡とさえ言えるのだ。
 奇跡の九十日の終わり。そして、始まり。
 一方で。
 ただ傍らにいるだけの筈の僕もまた……自身の瞳に同質の輝きが差している事を自覚せざる得なかった。
 僕もまた、こうなることを望んでいた――の、だろうか。
 千春と千秋、二人が喧嘩をするような姿は、見たくない。それは紛れもない、本心だ。
 だが、どんな形、どんな方法、どんな代物であったとしても、二人が懸命に取り組んだその結果が、二人の望む姿で顕にされようとしている。そのことに多少ならざる喜びを覚えているのも確かなことで。
 つくづく。自分は子育てを趣味と言いきる母の子なのだ、と自嘲が止まない。
 それとも、あるいは僕は、彼女たちの心に近づきすぎてしまったのだろうか?
 ……いずれにせよ、僕の意志など無関係に、二人はこれから喧嘩を始めるのだろう。これまでの彼女たちのどんな喧嘩より、ずっと無意味で、最も苛烈な。
 手始めに二人に「よくも黙ってやがったな!」とヤられた鳩尾と金的の痛みに悶えながらも、僕の両の目は彼女たちの姿をそれぞれに捉え、離さなかった。

「シュァッ!」
 歯の透き間から漏れ出た千春の気迫は、蛇の威嚇のそれと、音も、その意味合いまでもよく似ていた。
 当然のように機先を制し、先に動いたのは千春である。一閃、繰り出される右のミドルキックは、パワーにも技術にも欠けて――しかし、何より全力で人を蹴ることへの躊躇にこそ、欠けた一撃。
「シィッ!」
 斜め後方に飛んで初撃を避けた千秋を追って、千春は更に間を詰める。
「オラ、『右脚もらいっ』!」
 続けざま、繰り出される千春の脚に、千秋は小さく重心を落とし、ガードを固める。
『左脚』を、守るように。
 千春の無意識な自己中心主義から来るナチュラルフェイント。だが、僕でさえ知っているその事実を、双子の妹が知らない道理はなかった。
 蹴り技を防ぎ、掴むことができれば、練習した柔道の技を使うまでもなく、千春を地面に叩きつけることができるだろう。上手くキャッチとまではいかなかったとしても、キック直後の体のバランスならば、密着して崩すことも容易だ。
 一瞬の間に、言葉としてではなく感覚として、そんな予測をイメージした僕と――そして恐らくは千秋の――思考は、しかし、真逆をつかれて驚きに歪む。
「かッ……!?」
 千秋の『右脚』を、千春の左ローキックが抉った。油断していた部位にダメージを受け、千秋の顔は驚愕から一瞬で苦痛の色に変じる。
「ヘッ――チョロいモンだぜ」
 一瞬、本当に一瞬の刹那だけ、千春が相手の『右脚』を狙った気になったのかと、そう思ってしまった。
 そうではない。千春は、頭を使ったのだ。彼女は意識して、口頭でフェイントをかけたのである。
 日頃から、天然でフェイントまがいのことをしている人間が、意識して放ったフェイント――多少ぎこちなかろうが、否、ぎこちないからこそ、有効だった一撃。
 恐らくは当人のまるで意識していないところで高度に昇華された技といえよう――僕は必要以上に感じ入った。
「こ、のッ――千春のくせに、頭なんぞ使ってんじゃねぇ!」
 予想外のダメージに顔を歪めながらも、千秋は打たれた脚を前に踏み出し、千春の胸元へと組み付いていく。ぐん、と引き寄せながら、反動を使って自身の体も更に前へと傾けた。だが。
「らぁ!」
 ゴッ――!
「ぎっ……!?」
 瞬間、千春も同じく前に間を詰め、千秋の脳天に強烈なヘッドバッドを見舞う。半ばカウンターの形となって、千秋の手はあっけなく離され、空を切った。
「千秋こそ、ちったぁ頭使いやがれ? ずいぶんスッカスカな音したぜ、オイ」
 ちなみに僕との練習の間、千春は頭突きなど一度もやっていない。千春は考えるより先に、直感的に相手を「全殺す」手段を繰り出しただけなのだろう。三ヶ月前に比べ、その判断力は一層研ぎ澄まされているようだった。
「おらぁ、どうしたぁ!? まだまだ終わんねぇぞぉ!?」
「――ッせぇ! 死ね!」
 物騒だがありきたりな罵声を飛ばしながら、よろめく体を奮い立たせ、千秋は地面を踏みしめ、前傾姿勢で飛び出した。それはレスリングなどのタックルの形だ。相手の懐に飛び込む、最もシンプルで最も速い一手。
 しかし。付け焼き刃の練習などと正直無関係な生来の凶暴性で戦う千春を前に、その選択は正着手とは言い難かった。
「テメェが死ね!」
「ブッ!」
 無造作に繰り出された前蹴り――いや、ケンカキックが千秋の腹にめり込んだ。千秋は体をくの字に折って、二、三歩よろめき、後ろに下がる。
「あ――ちょ、ま――」
 ふらつき、前に突き出したその手の形は、拒否を示す人間の本能的なボディランゲージ。
 拒絶の態度を受けた千春は――その頬を痛々しいまでにつり上げ、凶暴に嘲った。
「逃がすか、バァカ!」
 一息に間合いを詰め振り被って振り下ろされる、渾身の千春の右腕。
「アホ、め」
 千秋は嘲って、前に歩いた。

 村上姉妹の身体能力は高いか――と言われれば、その答えはYesである。幼い頃からぎゃあぎゃあと、イタズラから素行不良に順調にランクアップしながら暴れ回った経歴は、彼女らを立派な健康優良児に仕立てあげた。
 もっとも、その能力というのはあくまで一般中学生女子の範疇においての比較である。ある種のスポーツに懸命、あるいはそれ以上に打ち込んだ者たちや、例外的な体格を生まれ持つ規格外の存在に悠々並び立てるほどのモノではない。
 だから、本来の村上千秋の実力を鑑みれば。
 相手の全力の拳を受け流し、そのまま背負い投げるなどと言う芸当は不可能であるはずだったのだ。
 確かにこの三ヶ月間、彼女は柔道の練習をしていた。だが、素人師範を相手取ったハリボテ稽古で得れたモノなどたかがしれ。彼女の実力は精々が、投げられようとする相手を思いきり投げるか、さもなくば不意を打った相手の足を払えるか、といった程度に過ぎない。
 この、突然の一本背負いの成功を予測できた者など、この町のどこにも居なかった。
 当の、村上千秋自身を除いて。
「あ……ぁ?」
 ポカンと口を開け、目を見開いた千春の表情は、驚き故か、あるいは雄々しき大地の衝撃の余波か。

  ――ッ

「だよなぁ……千春だもんなぁ……」
 双子の姉を見下ろし、千秋は呟きを漏らす。
「最初はよぅ……どうやってテメェのその襟、掴んでやろうか……腕取ってやろうか、転ばせてやろうかってよ……無駄に色々考えちまったよ」

  ――ッ

  ――ッ

「なんのこたぁない……ぶん殴られてさ、頭空っぽになったら……次何がクるかなんて、考える前に、わかったよ」

  ――ッ!

「……ホント、双子の姉妹なんだよな。あたしら」

 ――呟きの中。漏れ出る、無音。
 倒れ、転げ、声にならぬ音を叫んでもがく千春の鳩尾に。張り付いたような冷笑を浮かべ、つま先を何度も何度も打ち込む千秋。
 柔らかなその体を打つ音は決して響かずくぐもり、傍らの僕の元まで届くこともなく掻き消え、ただその痛ましさだけが宵の静寂とともに伝え聞こえる。
 十三年、ともに居続けたという、才能とも努力とも違う、純然たる現実が生んだ逆転劇は、妹による下克上という形で結末を迎えると――
 今度も、そう思っていたのは、千秋だけだった。

  ――がしっ

「て、めっ――!」
 無防備に千春の腹をいたぶっていた足が、がっしりと彼女の両腕に抱え込まれる。
 怨嗟の声を上げる間もなく。
「うわッ!?」
 千秋の足を巻き込むように、千春は地面を転がって強引に千秋を引きずり倒した。手を突き、何とか片足でしゃがみ込んだ千秋に向かって、千春はすぐさま獣のように飛びかかった。
 その掌中にあった、鋭く尖った石礫に、僕は果たして気づいていたのか。
 あるいは、不安定な体勢にも関わらず千秋が手を差し込んだそのボトムのポケットに仕込んだモノの危険性を察していたのか。
 僕は、声とも咆哮とも言えぬ――恐らくは、号泣と呼ばれる、そんな叫びを上げて、二人の間に分け入った。



 結局のところ、僕は二人のどちらの思惑よりも、僕自身の『二人に喧嘩してほしくない』というエゴに従って動いた。
「ンだよ、泣くなよ、アベシ」
「あーあー、私らが悪かったって。だから勘弁してくれよ、みっともねぇ」
 すっかり興の冷めた二人に宥められて、ようやっと僕の高ぶった感情も落ち着き始める。
「なんだろ、アベシってよ。前から思ってたんだけど、無性に虐めたくなるのに、なぜかホットケないってとこねぇか?」
「そりゃあれだな。こいつ童顔だからよ。本能的に、母性本能ってヤツだ」
「なるほどな……本能じゃしょうがねぇな」
「ほら、これからも構ってやるからよ、だからもう泣くんじゃねーぞ」
 ……あれ。
 僕、思ってた以上に、二人にナメられてる?
 いや、ナメられてるのは初めからわかってたけど、なんて言うか三十度くらいZ軸のベクトルが違うナメられ方というか。
 ……ま、いいか。
「二人、とも……」
「あ?」
「ん?」
 仁王像のように阿吽の呼吸で雑に返事をする二人に、今以上の機はないと感じて、僕は言う。
「もう、二人同士で、喧嘩は――しない、で……」
 そのままガクリっといきそうなくらいのテンションで言ってみるが、そんな僕のKM(空気メイキング)を無視して、すぐさま千春の呆れた声が飛んできた。
「は? アベシにそんなこと言う権利なんざ……」
「――いいぜ」
「なにっ!?」
 一方、千秋はわずかな逡巡の後快諾する。うろたえる千春を尻目に、彼女は言葉を続けた。
「ただし。あたしの方が千春より強かった――て、アベシが認めるなら、だ」
「なっ――てめぇ、まだンなこと思ってやがんのか!?」
「えー、っと」
 口ごもる僕を見て、千春は態度をコロリと変えてニヤリと笑う。
「はっ、アベシも困ってるじゃねぇか。ありゃ、どう見ても私の方が強かったからなぁ!」
「はぁ!? ふざけんなよ千春! また無様にドベタ寝っ転がりてぇか!?」
「てめぇこそ、その曇りガラスみてーな目玉のどっちか、抉り取ってやんねぇとわかんねぇみたいんだなぁ!」

「ストォーッップッ!!」

『――。』
 先の号泣もかき消すほどの、精一杯の声を張り上げ、僕は二人を押しとどめる。
 互いに掴みかかったまま、目を点にした二人を見据え、僕はゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「……僕が見た、二人の強さは――」
「おぉ……。」
「……おぅ。」
「二人とも、それぞれ、よく似てて、だけど、ちょっとだけ違ってて……」
「……」
「……」
「二人の強さは――」
「……っ」
「……ッ」
「全くの互角!
 だけど、二人で仲良く戦えば、誰にも負けない!」

『ベタな決めかね方してんじゃねぇーっ!!』
 ブオォォォ!
 ズガァッ!

 微妙に長い台詞を二人はハモって、そして僕は宙を舞い、落ちていく。
 具体的には。立ち上がりかけていた僕の体を、千秋が悠々抱えあげて乱暴かつ強引に後方へと投げ落とす。そんな僕の頭部の描く円軌道上を、狙い済ましたように弧を描いて千春の足が交差し、二倍の衝撃が二百にもなって十倍の僕の頭部に、あ、もう思考が。



 明滅するフラッシュのように、一瞬だけ残った僕の記憶の中では。
 地に伏して天を仰いだ僕を、愛しい瓜二つの凶暴な冷笑が見下ろしていた。

     ☆    ☆

 村上姉妹は中学を卒業すると同時にこの町を出た。
 一般人である僕らにまで噂に聞こえる、抜群のコンビネーションを誇る双子の喧嘩姉妹の片割れ曰く「もう県下に敵はいねぇ」らしい。また、もう一方の片割れ曰く「これ以上はマジでマッポさんのお世話になっちまう」そうだ。
 真相はどうあれ、二人は町を出た。
 町を、と言ったが、さらに言えば、この県を出た。勢い中国地方も飛び出して、一息に日本国の首都・東京にまで二人はその足を伸ばした。
「八島の姐さん、マジリスペクトだぜ」
 二人の姉妹は口を揃えてそう言うと、日本最大の女子プロレス団体「新日本女子プロレス」の新人テストを受け、何をどう間違えたか見事合格してしまったらしい。
 何でも後に聞いたところでは、ストロングスタイルがメインの新女の中で、露骨にヒール気質な人材が逆に受けたとか何とか。「逆に」って言葉、使い勝手良すぎないか。
 しかし兎も角、二人はプロレスラーとしてデビューし、毎日のように思う存分大好きな暴力を振るっている。もっとも、周囲の人間も当然皆ただ者ではなく、二人はむしろやられ役となることの方が多いようだが、それでもまぁ、彼女らなりに充実した日々であるようで、何よりだ。
 一方、少し話を戻して。
 僕は、高三の冬に地元のメーカー企業に内定が決まっていた。就職冬の時代を迎える丁度前年で、今考えれば僕は何気に幸運に恵まれていたんだなぁと思える。
 僕が、二人のイトコが遠く東京へと旅立つことを知ったのは、既にスーツも買い揃え、入社式を半月後に控えた、そんな時分だった。
 最後の一ヶ月、二人は僕をパシるのを止めていた。二人は、もう僕のように、お互いのグダグダな関係に未練などなく、自分の夢に向かっていったのだろう。
 そう言って、二人の旅立ちを己の娘のように満面の気持ちよすぎる笑みで見送った母の言葉に、僕は同意せざるを得なかった。

     ☆    ☆

「ワ~~~ン! トゥ~~~~~! ス~~~~~~~~~」
「ラァ!」
 ――Bowwwwwwwwww!
 新日本女子プロレスの会場に、今日も観客たちのブーイングが交差する。
 そのこと自体は、珍しくはない。特別なのは、これが今日のメーンイベントだということだ。
 ――IWWFアジアタッグ王座決定戦。
 かつてはブレード上原とパンサー理沙子が。そして、押しも押されもせぬ新女の最強タッグ、マイティ祐希子とボンバー来島のゴールデンペアが長年守り通してきた、血と汗と涙と名誉と栄光その他に彩られた、歴史あるタッグ王座である。
 今回、ゴールデンペアの二人が更にその上――IWWF世界タッグベルトに挑戦するにあたり返上された王座を巡り、幾多もの激戦・熱戦が繰り広げられてきた。
 そして、今日この時こそ、その決勝戦。

 ――越後しのぶ・永原ちづる組対村上千春・村上千秋組

 優勝候補であったジューシーペアや、めぐちぐフラッシングストーム、ミニマムレイザースなどのタッグを差し置き、トーナメントを勝ちあがったのはこの二組である。
 ――あるいはそこには、素晴らしい成長があった。
 ジャーマンバカとも称される永原ちづるのその一途な拘りは、年月を経ていつしか本物の一芸へと昇華し、予想外の大物食い、劇的な大逆転を魅せた。個性が実力を伴い、新女にまた一人、スターと呼べる選手が生まれたのは、正にこの時であったのかもしれない。
 また、そこには負けられない思いもあった。
 越後しのぶは、正直言って中堅クラスである。才能を持った後輩達が実力を付け、先達もまた努力を惜しまず高見を目指す。心ならずも長い足踏みを強いられた彼女は、今回の機会こそ最後のチャンスであると、背水の陣を心に張った。ちなみに、彼女はカナヅチだ。
 対して一方、村上姉妹は何とも気楽なものである。
「レフェリーッ! いい加減にしろ、もう五十カウントはこっちが取ったぞッ!」
「のーのー。つーつー。」
「いい加減にしろ、村上ぃ! ズルいよ、アンタ達!」
「今更ナニ言ってんだ、本舗マユゲバカ」
「な、なんですって! この、この……アホ毛!」
 たっぷり五、六カウントはあったジャーマンを、悠々カットされては、根が温厚な永原も流石にキレる。根が真面目な上に短気――というより、単に怒りっぽい越後は言わずもがな、である。
「おい、レフェリー! 後ろ見ろ、後ろ! 千秋の奴、私の木刀をいつの間にっ!」
「ストォーップ! 試合権のない人間はリングに上がっちゃいけなーい!」
「キャーッ!」
「ヒャッハーッ!」
「オラオラァ! 誰かさんに代わって折檻してやんよ!」
 あぁ、今日も二人の良い声が聞こえる。
「いいから後ろ、後ろを見ろーっ!」
「あぁー? 聞こえんなー。いいから越後、コーナー戻れー。反則取るぞー」
「うわぁぁあ、永原ー! あぁもう、せめてカットに入らせろー!」
 越後が声を張り上げるが、当然のようにレフェリーはそちらをちらりとも見はしない。
 ハコの中。物音と、悲鳴と、嘲笑と、越後と、ブーイングとが、3:1:2:10:100くらいの割合でひしめく中で、僕は確かに彼女の声を聞いた。
「いくぞ、アベシ」
 0.1程度の大きさのその声を聞いて、僕は体を半回転スピンさせ、振り向きざまに地面に倒れ伏す。
「ワットゥスリー!」
 カンカンカンッ!
「な――ッ!」
「そんな!?」
 千春のキックか千秋の投げかは知らないが、恐らくは繋ぎ程度の技でコけさせられた永原を、適当に千秋の足が押さえていた、その瞬間。
 僕、アベシこと――悪徳レフェリー「阿部志々郎」の超高速スリーカウントがこの一戦を決着させた。
 結構な大会場の頑丈そうなその屋根が、大ブーイングの嵐で吹き飛んでいく錯覚を覚え、僕は大満足でお客さんに手を振り返した。

 結局は、僕はあんな母と結婚したような父の息子だったのである。
 姉妹への未練をまるで捨てきれなかった僕は、三日と悩まず内定を辞退し、一張羅のスーツを着込んで車中で書いた履歴書とともに新日本女子プロレスに押し掛けていた。
 当初は事務職として面接を受けたはずだが、特技欄の「柔道経験あり(受け身には自信あり)」の欄が逆に受けたとか何とかで。
 童顔を隠す髭を生やして、悪徳レフェリー阿部志々郎、通称アベシとして、半ばヒール軍団の一員となっている。半ばというか、もう全力で一員のつもりだけれど。
「勝者、村上千春、村上千秋組!」
「っしゃー!」
「楽勝だったなー!」
 二人はブーイングを心地よさげに受け止めながら存分にアピールすると、それぞれ僕の肩に腕を回して、笑って言った。
「私ら二人に――」
「おまけのアベシ」
「二人だけでも『誰にも負けない』なのに、三人なんだから、そりゃ負ける方がおかしいぜ」
 そりゃそうだ、と僕も笑った。

     ☆    ☆

『なんということだー! 悪逆非道!悪逆無道! ルール無用のフーリガン姉妹! 悪逆レフェリーの助力を得て、今ここに、栄光あるアジアタッグのベルトを手に取ったー! 取ってしまったー! どうですか、解説の理沙子さん!』
『正直これは……メーンイベントでこんなことをしでかすなんて……悪意しかない分、市ヶ谷よりタチが……いや、市ヶ谷は流石に言い過ぎかしら……』
 解説の困惑をよそに、リングの上は未だ喧噪冷めやらない。
「もう……もう、勘弁ならん! 越後しのぶ、例えここで道を踏み外そうとも、キサマらを見逃す愚に比べれば安いもの!
 阿部レフェリー諸共成敗してやるーっ!」
「私たちだって、もう我慢できない! いくよ、美加! 決めるよ、正義と勇気のスリープラトン!」
「う、うん! あたしも、今日は怒ってるんだから!」
「アタシたちを負かした二人をあんなしょっぱい試合で――許せねぇ!」
「このまま帰しちゃ、お客さんたちも黙ってないものね!」
 永原たちと仲のいい富沢や金井、更には控え室の奥から怒り心頭といった様子のジューシーペアも走ってくる。
 うぅむ。さすがに多勢に無勢、だろうか……などと身の危険を案じる間も必要も無く、こちらには初めっから心強い味方がセコンドに居た。
「よくやったじゃあないか、千春、千秋……」
『姐さん!』
 その長身を窮屈そうにロープの下をくぐらせて、リングインしたのは、八島静香。村上姉妹が姐さんと慕う、新女ヒール軍における実力威厳ともに圧倒的なNo.1だ。
「オラァ! 文句があるなら、かかってきなぁ!」
 リングがぎしり、と音を立て軋む。八島に続けてリングに上がったのは、新女きっての巨漢ヒール、グリズリー山本だ。
 千春と千秋。一人一人より、二人の方が強い。当然僕も交じって、三人でいる方が強いし、もっともっと仲間がいれば、その分もっともっと強くなる。
 うん。
 多分今、僕たちは最強だ。
「す、すとぉーぷぅぅぅぅぅ!」
「問答無用ぉー!」
 越後の木刀を脳天に受け昏倒しながらも、僕はそう信じてぶっ倒れた。
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矢部小路

Author:矢部小路
黄ト紫
が本サイトでした。
今はもう、ない。

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