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レッスルSS第一回 「上陸! 熱血のーてんき娘」 その4。

「患者は東洋人、女性、16から18歳。空港で頭部に強い衝撃を受けた」
「バイタル低下、意識レベルは混濁状態」
「英語は分かる? 大丈夫よ」
「ショックを起こしてる?」
「いや。おそらく頭蓋内で内出血を起こしている」
「血圧また下がった」
「急がないと危険ね」
「しっかりして! 大丈夫よ!」



 …………。

「あのー」
「ん?」
 少しだけ気後れしながら、ユンは併走する佐尾山に問いかけた。
「この人たち、日本語で何て言ってるかわかんないけど……とりあえず、普通に歩けるから降ろしてもらっていい?」
「あー……いや、まぁ、悪ノリしてるけど、一応善意だと思うから、受け取ってやってくれないか」
「んー……」
 日本には、来日した人間がタクシーでオフィスに着いた途端、強引に担架に乗せて運ぶ善意とゆーモノがあるのだろうか。
 ますます納得いかない顔つきになるユンを見て、佐尾山幸音鈴は一言付け加えた。
「バカなんだ、この三人」
 そっかぁ、とユンは納得して空を見た。
 季節外れのトンボが一匹、視界の端を横切っていく。

 やっぱり騒がしい国だな、日本。
「あの人、ビューティ市ヶ谷だったんだ」
 金井・富沢・永原にER緊急救命室ごっこを兼ねて運び込まれた新女の医務室で、空港での事情を改めて聞いたユンは、そう言って感慨深げに納得した。
「ビデオで見るよりずっと綺麗だったから、わかんなかった」
「そういうのはぶっ飛ばされる前に言ってくれよ……」
「あと、ビデオよりずっと品も無いよね」
「そっちは一生黙ってろ」
「はい、いいわよ」
 駄弁っている二人の言葉の合間を縫って、新女の専属医を兼ねるリングドクター、久川女史は診察台にうつ伏せになっているユンの診察を終えた。
 昨日の他人は今日の戦友、とでも言うか。ユンと佐尾山は、市ヶ谷の怒り渦巻く空港からの手に手を取っての逃避行以来という一時間と少しの時間ですっかり打ち解けていた。
 ちなみに来島は、興奮する市ヶ谷を抑えるため、その身を呈して二人の盾となった。ボディスラムの一発程度でユンが何とか逃げ仰せたのも、ひとえに彼女の献身あればこそだ。
 市ヶ谷を羽交い締めにした来島の言葉は、今も佐尾山の耳に残っている。
「ここは任せろ! オレに構わず先に行けぇ!」
 よもや、そんなベッタベタなセリフをレイのギャグ以外で聞く日が来ようとは。これもまた、小事とはいえ、ビューティ市ヶ谷に関わったが故の事件と言えよう。
「事実は小説より奇なり。市ヶ谷は事実より奇なり」――という南利美の格言を佐尾山が噛み締めていると、久川が棚から湿布の入った箱を取ってきた。
「痣にはなっちゃってるけど、骨には異常なし。頭も打ってないみたいだし、問題ないわね。コレでも貼っておけば十分よ」
『良かったー……』
 そう言う久川の英語を受けて、二人の心底からの呟きが重なった。佐尾山は日本語、ユンは韓国語で。
 続けてため息を漏らしながら、今度は英語で独りごちるユン。
「向こう発つ時にプロモーターにあれだけ言われたのに、一試合もしない内から療養生活なんて、シャレになんないもんね」
「なんか言われたのか?」
「んー、えーっとぉ……」
 と、佐尾山の問いに応じて2秒間。
「要約すると、頑張れって」
「そりゃ言うだろ。ってか、言われなくても頑張れ」
「そうなんだけどっ! じゃなくって、もっと色々言われたんだよー」
「でも要約すれば?」
「頑張れ」

 ――がちゃ。

「おっと、いたいた」
 その時、益体もない会話の続いている医務室に、新しい風が吹き込んできた。
「あ、山田さん! ちゅーっす!」
「や、さおさお」
 170近いその身長は、ボンバー来島ともそう変わりない。だが、その細身のシルエットが人に与える印象はまるで彼女とは対照的だ。
 山田遙。
 マイティ祐希子の同期の一人であり、シュートで磨いたキックを武器とする、一流の打撃レスラー。
「市ヶ谷に喧嘩売ったんだって? 度胸だねー」
「うわ、やっぱそういう風に話伝わってんすか」
「広スポ辺りがまた面白おかしく書いてくれるんじゃない? いいじゃないか、武勇伝があって困る仕事でもないし」
「勘弁してくださいよ、またオヤジから電話がかかってくる」
「ははっ、それも親孝行だよ」
 佐尾山なりに深刻な悩みを笑い飛ばして、山田は久川に向き直った。
「センセ、彼女の具合は?」
「さっきもその話をしていた所よ。普通にレスラーする分には、全然問題なし」
「そっか。それなら――」
 首肯して後、山田はユンに言葉をかける。三人の日本語の会話を聞き流してぼんやりしていた彼女に、綺麗な英語で、はっきりと。
「ユン・メイファ。よかったら、ボクとスパーリングしないかい?」
「――ひゃいっ」

 ――ペタリ、と貼られた湿布の冷たさに声を上擦らせて、ユンは快諾した。
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