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レッスルSS第一回 「上陸! 熱血のーてんき娘」 その1。

 自分でも、単純すぎるとは思うのだ。
 揺れるサンドバッグを前に息を整えながら、ユン・メイファはふっ、と自分を省みた。
 人生最初の衝撃というものを感じたのは、そう、まだ五歳かそこらの時分だった。
 父の会社の親しい部下が出場するというので、応援の為、初めてテコンドーの大会というものを見に行くことになった時だ。
 ガーンッ、とキた。
 入場時に買ったジュースを口にすることもなく試合の一戦一戦に魅入られて、表彰式が終わる頃には、ユンの心の「将来の夢」の項目はケーキ屋さんから一流のテコンドー選手へと塗り変えられていた。
 女の子が格闘技なんて……と渋る両親に頼み込み、一週間後には近所のテコンドー教室に通い始めた。平均か、それより少し小柄な程度のユンは別段スポーツ向きとは言い難い体格だったが、ただがむしゃらに汗を流してそうしたハンデをカバーした。それからのおよそ十年ばかり、自他共に子供と認めているような年頃の内は、ひたすらテコンドー一直線。
 その努力の量に見合うだけ――と判断するかどうかは個々人の感覚によっても違うだろうが、公平に見てまず優秀と称していいだけの結果もついてきた。全国・世界規模のジュニア大会にも出場するようになり、女子テコンドー界では「期待のホープ」と見なされることもあった。
 自分はこうして、一生をテコンドーの選手として生きていくのだろうと思いながら迎えた、十五の秋。
 彼女に新しい衝撃が走った。
 大会に出場するためにアメリカに渡った先、何とはなしに付けたホテルのケーブルテレビで、たまたま目に入ったアメリカンプロレス。
 ズガガガラーンッ! とキた。
 ガーンッよりもおっきい。
 翌日の大会のことも忘れて食い入るようにテレビに見入り、スペイン語放送席の粉砕される様を見た頃には、自分にはもうプロレスしかないっ、と決断してしまっていたのだ。
 結局、その時の大会は、準決勝で大会優勝者に敗れてしまったが、彼女の表情は明るかった。表彰式が終わったその足でタクシーに飛び乗り、「モストポピュラーレディープロレスリンググループ」へと直行。小学生と間違われながら、自分がテコンドーの有段者であることを比較的得意科目だった英語で何とか伝え「家族を説得したらまた来る」と言い放った所でガードマンにつまみ出された。
 やりきった表情で意気揚々とソウルに帰り、第一声でプロレス転向を両親に伝えると、たちまち親族総出で家族会議が開かれた。両親兄弟叔父叔母従姉妹、学校の教師やテコンドーのコーチ、果ては斜向かいのご近所さんまで考え直すよう勧めたものだが、ついに誰の言葉も彼女の熱意を止めることはできなかった。
 電話や手紙、そして海を渡って直接出向き、「モストポピュラーレディープロレスリンググループ」との仮契約を何とかこじつけると、西海岸に隠居していた大叔父夫婦の家に転がり込んで、以降はプロレス一直線。
 まともな階級分けもないプロレスで、しかも基本的に食ってるものが違うアメリカ人の中に混じってでは、その体格差は大きなハンデとなってはいたが、それでもやっぱりがむしゃらに汗を流して、ひたすら練習と実践を繰り返す。
 熱しやすく、冷めない。ユン・メイファは、一言で言えばそんな性格だった。
 ……未だ経験はないのだが、きっと自分が恋愛をするなら一方的な一目惚れなんだろうな、なんてふと思う。
 きらびやかなショッピングモール。その一角の、小さな雑貨店。オープンシェルフの片隅で、バスケットの中の花に埋もれている、少し間抜けな顔をした、手の平サイズのテディベア。そっと伸ばした手が、棚の反対側から出てきた手と重なって。思わず見上げた次の瞬間、衝撃な運命を感じ――
 乙女チックな空想に思わずユンの頬がにやける。が、別の素敵な男が現れたら簡単に乗り換える悪女のイメージが脳裏をよぎると、途端に冷めた。
 まるっきり冷めないというわけでもないらしい。
 もう、余計なことは考えずに、今はきちんと練習しよう。
 ユン・メイファは自身の頬で二度三度、バシバシッ! と音を立てて気合いを入れ直した。
「よぉし――蹴るぞぉ!」
 構えは一瞬。
 足首を捻り、体を捻じる
 背を向けて、振り返る
 伸び上がる軸足にあわせ、跳ね上がる右脚
 ――貫く。

 バシンッ!

 ……ギィ

 ようやく揺れの収まっていたサンドバッグが、ティチャギ(後ろ蹴り)の一撃を受けて動き、軋んだ。
「ふぅ……」
 今の感触は、結構、良かった。
 もう一度、撃ってみたい。
 ユンの顔に溌剌とした笑みが浮かぶ。
「もう一発、いっくよぉ!」
 喜々として脚を振り上げるユンの頭の中からは、もう「余計なこと」はすっぽりと抜け落ちていたのだった。
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